諸塚再発見

仲崎集落(八重の平)
Nakazaki

諸塚再発見 シリーズ第11回  

 仲崎集落は、1軒で、KIさん、奥さんのSさん息子のMさんの世帯です。山を挟んで反対側は、立岩の内の口集落です。

 元々は、現在より一段上の土地に3世帯があったそうですが、2世帯は現在の国道503号線沿いに住居を移し、残ったK家は、昭和28年に現在の場所に移動したそうです。

仲崎集落
 代々林業を家業とされていて、Mさんで11代目となるそうです。40町歩ある山の殆どが櫟(くぬぎ)ということですから、椎茸を中心としていたことが解ります。
 「昔はナバの値段も良かったから、4人の子はナバで育てたとよ。」(KIさん)

 近年は、椎茸価格が下落して、Mさんも村外へ働きに出ることを余儀なくされていたようですが、最近椎茸価格が持ち直したことで、それも大幅に減ったそうです。「今からは広葉樹を植えんといかんな、杉山にすっとどうしても水が減る。」水源を守ることの大切さを考えて、「水源税はやっぱり必要よな。」と、山を守るという自分たちの仕事が、正当に評価されることも望んでおられるようです。

 現在の自宅への村道が、昭和50年に開通して車で移動できるようになってからは、不自由を感じることなく生活されている様子です。もし、この道路がなかったら、やはりKIさん一家も、国道503号線に沿った場所に早々に移転していたのかもしれません。仲崎での生活に満足されている様子をうかがうと、道が果たす役割の重要性がよく分かります。「(村の)タイヤショベルをもっと回してもらって道さえようとしてもらえば(整備してもらえば)、後は何も望むものはない。」とは、KIさんの言葉です。

 村内に嫁がれている2人の娘さんが、頻繁に訪問して手伝いをしてくれるそうで、その際は水入らずの時間を過ごされるのではないでしょうか。ここは日当たりが良いので、米は今では作っていませんが、畑の野菜は良くできて、ほぼ自給しているそうで、むしろ多くできた分は親戚に配ったりするそうです。

 三重県に就職している息子さんの所にも毎年行っているそうですが、今年は沖縄に旅行したということを、Sさんがうれしそうに話しました。

 取材は、アポなしの早朝に突然伺ってでしたので、KIさんは涼しいうちにと畑作業に精を出されている最中でしたし、SさんもMさんもお忙しいところだったのでしょうが、快く対応していただきましたことに感謝いたします。(そのうち来るだろうと思っておられたのでしょうか?)。

KIさん一家
文化財
 かつての集落跡近くに、仲崎稲荷が祀られています。鳥居は最近立て直したようで、4脚の支柱がある立派なものです。11月には3軒が集まりお祭りをするそうです。スギ、ツバキ、シラタブが群落をつくり、仲崎稲荷の杜として、村の巨樹百選にも載っています。
◆現在、諸塚村だけでなく全国の町村が、過疎と不況、合併問題などにより難しい状況に立たされています。そのような中、小規模の集落が点在する本村では、生まれた土地で頑張って、助け合い生活を築いている家族、集落が多く存在します。そういった集落の歴史や生活をかいまみることで、都会では得ることの出来ない自然の中での生活の喜びや、尊い営みの一端が見えてくるかもしれません。そのような視点でこのコーナーを続けてみたいと思います。