諸塚に関するライブラリー
歌集「合歓の花」

歌集「合歓の花」 (抄)  
著者 諸塚村短歌会 藤田米夫

は じ め に
 小さい頃、私の家に百人一首がありまして、正月等にかるた取りをして遊んだ記憶があり和歌の韻音は好きでしたが、短歌を作り始めたのは短歌会に入ってからのことです。
 発表の場を村のご配慮により「村報もろつか」に頂いておりますが、私は別に「じゅぴあ」誌に投稿しておりますのは、同誌上に小川しげの先生の歌が何通も入選するのを見て、投稿するきっかけとなりました。
 下手でも数多ければ当たるの通り、選に入りましたのを主に納めてみましたが、勿論世に問う等はおもっておりません。
 何等かの参考になり御批判御指導を仰ぎたく、歌評を添えた次第です。
 外に選に洩れたのや誘いのありました歌会のを入れて頁を埋めました。
 私に残された日々は少なくなりましたが、之からも心の拠り所として続けていきたいと思っています。

入選  梅雨晴れに淡き紅みせ合歓の花
         貴婦人のごと上向きて咲く
 

選 者  神田 工(宮崎県歌人協会顧問)

(評)
 梅雨晴れに淡い紅の合歓の花が印象的で、上を向いて咲いている形をつんと上を向いて歩く婦人に比喩した点が面白く、的確繊細に合歓を観察している。

 

 この歌は入選二席ですが、表紙にもしました。
 そして巻頭のうたにもしたのです。
 こうかの木と云われ、薪としては素燃えがして嫌われる木ですが、私はこの花に魅せられて三ヶ月続けて投稿し、三回目がこの歌です。
 御承知の様に花形は小さな湯呑み汰で小さな花弁に淡い紅をぼかして上を向いて咲きます。
 葉は暮れには抱くが如く、そして祈るが如くに閉じます。
特選 年毎に燕の巣かけし馬小屋を
   壊すにためらう春は間近き
(評)
 つばめの巣かけし馬小屋を取り壊さなければならない羽目になった作者の優しい心の内が感じられる。つばめの飛来も直ぐであり、古巣がなくなれば何処で今年は子育てをするだろうか、余情が深い。

特選 ガラス戸の桟に這い寄る蝿取蜘蛛
        一瞬の間に生と死のあり
(評)
 陽の当たる縁側などでよく見かける情景である。そっと獲物に近づき一瞬の間に捕らえられる蜘蛛の素早さに驚く。いずこの世界も生存競争は激しく、小さな虫らも番外ではない。下句は作者の実感であろう。

 

特選 秋空に百舌は一声朝を割き
   屋羽根をたてて霧に消えてゆく
(評)
 けたたましい百舌の一声が朝のしじまをやぶり、百舌は霧の中に消えていったという、一瞬の感動をうまく聴覚・視覚に捉えて清々しい一首である。調もよく無駄のない表現で引き締まっている。

 
特選 老後にと育てし杉の値の付かず
   流しし汗の山容は空しく
(評)
 建築様式の変化などで木材の相場が下落したのであろうか。長い歳月を苦労して育てた杉の安値に、あきめ切れない気持ちで山を見上げている作者の姿が想像され、読者の同情を引きつける。


 
入選 峡の陽は山を斜に照り分けて
    襞をあらわに杉の秀ひかる
(評)
 山に囲まれた狭い村里が想像される。太陽が山を斜めに照り分けて山肌の杉林の秀先まで明るく光って見えるという晴天の山里の一日を詠んでいて無駄がない。

 
入選 狭き空時鳥の声背に聞く
    杉の下切り手を休めずに
(評)
 四方を山に囲まれた里の空は、狭い杉の下切りをし乍ら作者は手を休めずに後方で無く時鳥の声を聞いているのである。作者ならではの環境であり作品である。

 
入選 かまきりは太き腹して茶に這えり
    刈り込みなれば退けと追う
(評)
 刈り込み中の茶畑で見つけたかまきりに、優しく声をかけながら追い払っている作者である。機械を操る作者の姿や優しい心が想像される微笑ましい一首である。

入選 擂り鉢の底なる村を終の地と
    悔いることなし茸の駒打つ
(評)
 都会から隔絶された過疎の村を終焉の土地と決めた作者は、悔いることなくむしろ愛しく思いつつ種駒を打っているのである。心情が切々と伝わってくる。

 
入選 葉隠れに作業路を上る車あり
    没り日にきらりと峠越え行く
(評)
 見えつ隠れつ作業道を上っていく車を遠くから眺めているのであろう。夕日にきらりと光って峠を越えていった一瞬の景を捉えた下句の感覚は、素晴らしく的確。

 

入選 誕生日は陽のある中に陽に浸り
    五勺の酒に小さき幸せ
(評)
 毎日暗くなるまで働く作者にとって、陽のあるうちに風呂に入ることなどめったにないのであろう。誕生日の小さな幸せに寛いでいる作者の人柄を感じる。

入選 渓を隔て隣村なる背戸の山
    送り日ならむ森の灯りて
(評)
 渓谷を隔てた裏山が隣村であるなど、都会の人には想像もつかない。送り火に森が明るくなるのであろうか。静かな山村のうら盆が脳裏に浮かんでくる。

以下省略