緑のふるさと協力隊
ボランティア通信
 

2代目:鈴木英郎さん

ボランティア通信 「ないないいいながあったとさ」
 (村報 平成14年9月号より)   

 諸塚どんな村  

 人口約2400人、九州奥地、椎茸日本一、そして林業が盛んである。山林原野が土地利用の95%を占め、ゆえに山中の作業道路密度が極めて高い。電車がなくバスも少ないのでほとんどの人が来るまで動く。そのくせ信号機が一つもない!

 ないないいながあったとさ

 信号がない、高校がない、教会がない、ボランティア団体がそれほどない。ないって事は何も無いのじゃなく、代わりに何かが有るのです。何があるのか、垣間見たことを少しでもお伝えしたいと思います。

 自治消防団

 僕は今までほとんど東京で暮らしてきました。都市の町なら消防署がありますが、地方の田舎、諸塚村にはありません。農業・林業・役所や商店の一般の人が有事の際には仕事をほっぽりだして、緊急災害に対処します。特別な場合にのみ夕方18:00頃から2〜3時間の訓練を行い、危急の時に備えます。諸塚の消防団は優秀で、全国操法大会に何度も出場になりました。が、日頃の訓練は競争ではなく、規律・共同精神保持のためだそうです。昨日村内の立岩方面で山火事がありました。役場から15名、現場地域から25名、合わせて40名ほどが、みんな仕事を途中で止めて、昼飯も食わずに出動しました。

 一経験

 五月、一番茶の収穫時期、釜茶加工施設で働いていたときのことです。生葉の加工を依頼にくる農家がお客になるわけですが、刈り取られて来た生葉を見て工場長(堀田淳)が一言、
 「もったいにゃあにゃあー、一生懸命摘んでいるんだろうけど」
 「・・・。」 この感じは説明できませんのでご想像下さい。
 小さいおじいちゃんおばあちゃんが朝早くお茶畑で葉を手で摘んで(機械で刈ると枝までたくさん入ってしまうので)、さらなる山奥(となり村の椎葉村から事情があってもってきたそうです。)から工場まで持ってくるまでには、葉っぱが日差しで暖まってムレてしまうのです。
 お茶は味とともに香り・色が命。僕には葉の良し悪しが分かろうはずが無く、それでも一つだけわかるのは「葉っぱ一枚でも生産者のために」(甲斐まさる=通称オサルさん)。今年は梅雨前のお茶っ葉の刈り入れの季節に雨がよく降りました。

 ボランティアと市民

 信号機がないのには理由があり、問題はありません。高校、大学がなくても、図書室・民俗資料館があります。教会がなくても、伝統・歴史のあるお寺も神社もありました。
 消防署やNPOがなく、非常勤消防団員の年間手当は二万円です。僕らふるさと協力隊よりよっぽど偉いじゃありませんか。
 公民館活動では、土日に道の脇から伸びてきた草を刈ったりします。伝統行事やお祭りではおじいさんも太鼓を叩き、おばあさんも踊りに参加します。むしろ主役です。
 青年団はレクリエーション・交流イベント・スポーツ大会を企画運営します。彼ら彼女らは無償を当たり前として活動しています。山や川を守っています。 悲しいかなその功績を主張することもなく、合併やら補償やら、国民であることを押しつけられるのでしょうか。

 僕は地域でのこういう活動を1年間では終わらせたくありません。どこへ行っても考え方を育てていきたいと思っています。